金額より先に、考え方を決める
給与で迷うのは、最初にいきなり金額を決めようとするからです。前の職場の額に合わせる、知り合いの院に聞く、なんとなくこのくらい。こうして決めた額は、根拠を聞かれても説明できません。後から入った人との差がついたとき、なぜその額なのかを答えられず、不満が残ります。
だから、金額の前に考え方を決めます。決めることは三つです。固定給と歩合をどう組み合わせるか。何を評価して給与に反映するか。どうなったら上がるか。この三つを文章にしてスタッフに伝えると、給与は感覚で決まるものから、基準で決まるものに変わります。額そのものに正解はありません。考え方が揃っていれば、額は自院の利益と地域の相場に合わせて決められます。順に見ます。
固定給と歩合を、どう組み合わせるか
給与の形は、固定給と歩合の組み合わせで考えます。どちらか一方が正解ということはありません。それぞれに弱点があるからです。
固定給だけだと、売上が伸びても給与が動かず、頑張った人とそうでない人の差がつきません。成果を出した人ほど、報われていないと感じます。逆に歩合だけだと、毎月の収入が読めず、患者がつくまでの新人は生活が安定しません。これは定着の妨げになります。
そこで、生活の土台になる固定給を置き、その上に成果に応じた部分を乗せる組み合わせが、多くの院で使われています。土台があるから新人も安心して働け、上に乗る部分があるから成果も報われます。固定給と成果部分の割合や、成果をどう測るかは、自院の利益が出る範囲で決めます。なお、歩合を入れる場合でも、最低賃金を下回らないか、残業代が正しく払われるかといった確認が要ります。ここは法令にかかわるので、社会保険労務士に確認します。
何を評価するか 売上だけにしない
成果に応じた部分を作ると、次に「成果とは何か」を決めることになります。ここで売上だけを成果にすると、無理が出ます。
売上だけで評価すると、その場の売上は上がっても、一度で終わってリピートにつながらない施術が増えたり、新人を育てると自分の数字が下がるからと指導をしなくなったりします。短期の数字は、院の続きやすさと一致しないことがあります。
だから、売上に加えて、別の軸も見ます。たとえば次のような軸です。
- 再来:担当した患者が、また来てくれているか。続けて通う理由を作れているか。
- 技術:施術の質が伸びているか。任せられる範囲が広がっているか。
- チームへの貢献:新人の指導、予約の回し方、受付との連携など、自分の数字以外で院を支えているか。
何を評価するかは、院として大事にしたいことそのものです。再来を入れれば、目の前の売上より長く通ってもらうことを大事にする、というメッセージになります。自院が何を大事にするかに合わせて、軸を選びます。
昇給の基準を、先に決めて伝える
評価の軸が決まったら、次は昇給です。ここでよくあるのが、上げる基準を決めないまま運用してしまうことです。基準がないと、スタッフは何を頑張れば上がるのか分からず、上げる側も毎回その場で判断することになります。結果として、声の大きい人や辞めそうな人だけが上がり、不公平感が残ります。
だから、どうなったら上がるかを先に決めて、伝えます。評価で見る軸(再来・技術・チームへの貢献など)が、どの段階に達したら昇給するのか。たとえば、任せられる施術の範囲がここまで広がったら、新人を一人前に育てられるようになったら、といった形です。段階と、それぞれで何ができている状態かを、文章にしておきます。
基準を先に伝えておくと、スタッフは次に何を目指せばいいかが見えます。上げる側も、その基準に達したかどうかで判断でき、毎回悩まずに済みます。いくら上げるかという金額は、次に見る利益構造の範囲で決めます。
原資は利益構造から考える
給与の額や、昇給で上げる幅は、払えるかどうかで決まります。払う元になるお金、つまり原資は、自院の利益構造から考えます。
毎月いくら売り上げ、家賃や材料、その他の固定費を引いて、いくら残るのか。その残りの中から、人件費にどこまで充てられるのか。ここを把握しないまま給与を決めると、売上のいい月の感覚で額を約束してしまい、後で払えなくなります。一度上げた給与は、簡単には下げられません。だから、約束する前に、続けて払える額かどうかを利益構造で確かめます。
自院の数字をどう見るかは、関連記事で扱います。給与を決めるときは、その月だけでなく、患者数が落ちる時期も含めて、年間で払い続けられるかという目で見ます。
先にやること、まだやらないこと
給与と評価の仕組みは、一度に全部を作り込もうとすると進みません。順番をつけます。
先にやる
- 固定給と成果部分の組み合わせ方を決め、考え方を文章にする。
- 評価の軸を、売上だけにせず、再来・技術・チームへの貢献から自院に合うものを選ぶ。
- どうなったら昇給するかの段階を決めて、スタッフに先に伝える。
- 払える額かどうかを、自院の利益構造で確かめる。
- 最低賃金・割増賃金・固定残業の扱いを、社会保険労務士に確認する。
まだやらない
- 他院の給与表をそのまま持ち込むこと。自院の利益構造と合いません。
- 評価の軸を細かく作り込みすぎること。まず数個の軸で始め、運用しながら直します。
- 売上のいい月の感覚で、給与や昇給を約束すること。下げるのは難しくなります。
- 最低賃金や残業代の扱いを、自分の解釈で決めること。社労士に確認します。
給与は、感覚や言い値で決めると、必ずどこかで揉めます。先に決めるのは金額でなく、固定給と歩合の組み方、評価の軸、昇給の基準という考え方です。それを文章にして伝え、払える額かどうかを利益構造で確かめる。法令と税は専門家に確認する。この順で決めれば、給与の不透明さが定着を妨げる状態を避けられます。採用や定着、シフトの回し方は、関連記事で扱います。
よくある質問
出典
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(最低賃金の制度・地域別の額。歩合給でも下回れない) mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/ (2026年6月確認)
- 厚生労働省「労働時間・休日」(割増賃金、労働時間の適正な把握。残業・休日・深夜の手当の扱い) mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudoujikan/index.html (2026年6月確認)
- 厚生労働省(最低賃金・労働時間など労働条件の制度全般。個別の判断は社会保険労務士に確認) mhlw.go.jp (2026年6月確認)
本記事は、給与と評価の決め方を考え方として整理したものです。具体的な金額・歩合の割合は、自院の利益構造や地域の相場により異なり、特定の額を示すものではありません。最低賃金・割増賃金・固定残業代・就業規則など法令にかかわる部分は社会保険労務士に、税にかかわる部分は税理士に確認してください。制度は変わることがあります。